日本は安全な国と言われています。しかし、もし刑事事件に巻き込まれればそうとは言えなくなります。私が実際に経験した事件を紹介しましょう(関係者が特定されないよう、事実の一部を修正しています)。

ある日、オーストラリアから旅行に来たナンシーという女性から、私たちの事務所に電話がありました。一緒に日本を旅行している友人が逮捕されたようだが、何が起きたか分からないと言うのです。彼女は、友人の国選弁護人となんとか連絡を取りましたが、言葉の壁があるためにほとんど理解できなかったとのことでした。私たちは、東京23区内の警察署や拘置所に1回無料で面会に行くサービスを提供しています。そこで、私は、ナンシーの友人ビリーに会いに行くことにしました。私は、ナンシーから、ビリーを元気づける温かいメッセージを預かりました。

面会室で、私はビリーがどんな人なのか想像しながら彼を待ちました。そして、その人がやってきました。ビリーは、とても細身の若い男性でした。彼は、留置場で貸し出されたグレーの上下のトレーナーを着ていました。眼鏡には番号が書かれたシールが貼ってありました。こうした格好を見て、私は、これまで彼が着るものを誰からも受け取っていないこと、さらに言えば、彼を助けてくれる人が誰もいなかったことを悟りました。

私は彼の話に耳を傾けました。ビリーは8 日前に逮捕されました。その日、彼は六本木で楽しい時間を過ごし、泥酔しました。その後起きたことを覚えていませんでした。分かっているのは、逮捕されたということだけ。後になって、彼は、他人の家に入ったという罪で逮捕されたことを知りました。被疑事実はそれだけです。裁判所は、ビリーを10日間勾留することを決めました。

裁判所から弁護人に選任された弁護士は、彼にほとんど会いに来ませんでした。ビリーの家族や友人にも連絡を取りませんでした。ビリーのために暖かい服を持ってくることもありませんでした。その結果、ビリーは完全に不安に陥りました。この、若いオーストラリア人男性は、法的助言を得られずに臨んだ取調べで、どうしていいのか分かりませんでした。彼は自分で、オーストラリアにいる母親や友人のナンシーに手紙を書こうとしましたが、留置係の職員は日本語以外の言語で手紙を書くことを禁じました。こうした事態が8日間も続いたのです。

私がナンシーからのメッセージを伝えると、ビリーの目には涙が溢れ出ました。そして、彼は、ナンシーは大丈夫ですかと私に尋ねました。自分自身がこんなに恐ろしい状況にありながらもなお友人の身を案じる、そのビリーを見て、私には彼がとても優しい人だということがよく分かりました。

私は、ビリーに対し、彼が置かれている状況と、被疑者としての権利について説明しました。彼は安心した様子でした。私が面会室を出ようとする時、ビリーは私に、もう一度ナンシーからのメッセージを見せてほしいと言いました。私は、ビリーが友人からのメッセージに力づけられるのを見て心を動かされました。

翌日、ナンシーからのメールで、ビリーがようやく釈放されたことを知りました。

(これは英語の投稿を訳したものです)。