本庄事件の再審請求がひとつの山場を迎えました。

東京高裁が職権で採用した臓器鑑定の結果、トリカブトで殺害されたという佐藤修一さんは溺死だったことが明らかになりました(8月9日朝刊各紙)。このことはわれわれが確定第1審(浦和地裁2001年~2002年)のときから訴え続けてきたことです。当時すでに溺死を示す鑑定結果が存在していました。浦和地検はこの鑑定書の存在をなかなか明らかにしませんでしたが、ギリギリになって弁護側に開示してきたのでした。しかし、裁判官はこの結果を「資料汚染の可能性がある」と言って簡単に退けてしまいました。高裁も最高裁もそれに追随して誤った死刑判決を確定させてしまったのです。八木茂さんは当時マス・メディアの徹底的なキャンペーンによって「男性を自分の愛人と偽装結婚させたうえ、多額の生命保険をかけて殺害した、極悪人」として喧伝されていました。日本の職業裁判官がこうしたメディアのプレッシャーに非常に弱い存在であることをこの事件は示しています。

再審請求にあたって、われわれは佐藤さんは溺死であるという法医学専門家の意見を複数提出しました。さいたま地裁が再審請求を棄却したあとの東京高裁での即時抗告審の段階で、検察庁は佐藤さんの臓器の一部が冷凍・冷蔵保存されていることを明らかにしました。今回の鑑定は、この貴重な資料を用いて、ゼロから死因鑑定をやり直したものです。裁判所が指名した鑑定人はこの分野で多くの業績を上げている著名な先生です。その手法は汚染の可能性を排除して慎重に行われたものです。臓器のデータを詳細に調べかつ過去のデータと比較対照したうえで鑑定人は「死因は溺死と判断する」と明確に結論しました。

「八木さんの指示でトリカブト入りアンパンを食べさせて殺害した」という武まゆみさんの証言の信憑性は今回の鑑定によって根底からくつがえりました。武さんの証言は、半年以上にわたって取調べ検事から「否認していると死刑になる」と威嚇され、「認めれば助けてあげる」と誘導された結果の自白でした。事件の記憶がないという武さんに対して検事はさまざまな暗示や示唆を与えて「記憶のフタをはずす」ことを強要しました。その結果、彼女は「抑圧された忌まわしい事件の記憶」を蘇らせたのでした。この虚偽記憶の植え付けの問題をわれわれは、やはり確定第1審から指摘してきました。そうした記憶の捏造が決して荒唐無稽な話ではないということを、記憶と供述心理の専門家の鑑定結果に基いて訴えてきました。詳しくは拙著『偽りの記憶――本庄保険金殺人事件の真相』(現代人文社2004年)をご参照ください。

東京高裁による再審開始決定を獲得して、無実の死刑囚八木茂さんが一刻も早く社会復帰する日が来ることを目指します。

2014年8月10日 高野隆